2014年07月29日

波頭文の帯でクールダウン

波の帯

暑い日々です。憂き事多き日々ですね。

・・・今日は、以前にも載せた波の帯です。
初めて、(いろいろと学習して)自分でぞっこんで求めた、黒地の絽塩瀬の染め帯。
なかなかの迫力で、暑さを制します。

ところで、夏襦袢続きですが、本日は上衣は正絹替え袖を縫い付けた半襦袢・下はシルックの変わり絽の裾除け。上下バラバラの組み合わせにしてみた。正絹の袖はべたっと付き暑くなりましたが、化繊の裾除けはサラサラ涼しかった。こればっかりは、日に拠るのか。

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2014年07月28日

真夏の着物お袖下比べ、というか我慢大会というか。

真夏の着物姿の、表から裏からがすべて、美しい画になっていたのは映画『祇園囃子』の木暮実千代さまと若尾文子さまが極致であると思う。嗚呼。

それとは、全然関係ない。あまりにも。
夏の襦袢は、洗えるものしか使えない自分。帰ってから水洗いできないということがストレスになるから、1枚だけ持っていた絽の長襦袢は、どうしても着る気が起きなかった。
最初に作ったのはゑり正さんの東京催事で(既製のは裄などが合わず長襦袢を持って行きサイズを計って作ってもらった、あの頃は熱心だったなあ)、身頃がさらし木綿でお袖と裾除け部分が東レシルックの、変わり織みたいな化繊の絽。二部式。しかし、これだと、振りから見える襦袢袖が、真っ白でポリエステル的なのが気になってきた。ポリエステルなんだけどね。。。
そこで、実家のそばの呉服店で、「洗える正絹の絽」の襦袢地を見つけ二部式襦袢に作ってもらった。一反から、半襦袢部が2枚・裾除け1枚ができて、半襟も洗える半襟がついてきた。わーい。これだど、袖口から除く部分も、正絹の絽と同じ色合いと質感。正絹なんだけどね。するうちに、こういうのは紬なんかとはテイストがちがうんじゃないか、正装っぽくて。と気になってきた。
そこで通販でみつけた麻と綿の混紡の二部式襦袢を注文してみた。うねってシボシボ。ところが、洗うと超絶縮んで象がネズミになったくらい驚く。うんしょうんしょ伸ばして干して、えんやこらアイロンかけ。やだ〜。
そんなこんなだったが、洗えない正絹の(つまり普通の)絽の替え袖が欲しくなった。なんかそこだけでも正統な方が冠婚葬祭によいかな〜とか、そゆ心理になった。それで、マジックテープで替え袖をつけるタイプの半襦袢に、わざわざ正絹で作ってもらった袖を、チクチク指も指しながら縫い付けてみた。

絽の袖

・・・ってなことを7年やってみたわけだけど。どれが涼しいかって、う〜ん。正絹の絽はペタ〜リってくっついてくるので暑いし、シルックの変わり絽はサラサラしてていいんだけど化繊だと思った途端に暑くなる(ホントも暑いのかよくわかんない)。シボシボ綿麻は涼しいような気もしないでもないが、その形状維持が私を暑くさせる。着物地との相性もある。
正絹の絽は、こげな小さい面積をドライクリーニングに出すってのもどげかね、と思って使えない。でも今年使います。・・・・というわけで、もう買えないから、この回路でぐるぐる悩みながら、正絹絽長襦袢も併せて着倒して生きてゆく所存。
裾除け部


DSCN4707 (2).jpg
先週、稽古とショッピングは車移動。前回と同じこの無地の帯はホントに便利〜。初期買い物なのに後悔がない夏物の唯一。








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2014年07月26日

浴衣のときなんかの、麻のプチバッグの話。

今月中には、和室を片づけて、スーッキリ盛夏を過ごす予定だったがビミョーにストップする。

う〜ん、変なものを買わなきゃ良かった〜、など凹んで余計に暑くなる。
ところで、以前母に頼まれてテーブルクロスを買いに行ったデパートの、リネン類のあたりで夏の終わりのセールでポーチみたいなバッグが出てて、なんとなく買ったのがある。

麻のミニバッグ

これは浴衣の時に便利で、携帯入れも付いていて(アイフォンもむりくり入れる)それだけでも使える。浴衣の時に和装っぽいバッグって合わないし、かといって洋服の時とは違えたほうが爽やか。小銭入れと扇子とハンカチティッシュくらいが入ればいいんだし。夏祭りや花火の大混雑に、大きなお財布や大事なカードを口の開いたトートに入れているのも危ないでしょ、って煩いオバハンみたいな言い方はまあ、やめとこ。

麻バッグ・横

これ、最初はどーでもよい持ち物だったんだけど実は、経年して後にですね、なかなか可愛い涼やかな触り心地とキチンとした縫製のプチさが、愛せてきた。愛は、やっぱ最初より後年だから短期で離婚はしないで数年待った方が良いかも知れないが相手によるか。
麻バッグ正面それで、見て一瞬で買ったので、今頃になってひっくり返してメーカーの小さいタグを読む。「井上企画・幡」と書いてあって電話番号は関西な感じで、井上さんってお宅で内職で作っているような雰囲気がしたが、ネット検索したら、奈良の立派な麻製品の会社でしたわ。やっぱりね。持ち手は真田紐だしね、って・・・。別のも欲しくなり片づけが止まる止まる(笑)。

肌が張りつめて美しい若い女の子が、髪なんか簡単にポニーテイルで結わえ藍をのきっぱりした染めの浴衣に塗下駄を履いて、こんなバッグをユラユラさせて小走りに、仲良しの女友達か彼氏かの待つ場所に向かってゆく夏の宵の小道の、うるわし。と、真夏の妄想。




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2014年07月23日

巴里で演じた「能」、森茉莉の記憶に遊ぶ。


お能を観るようになってから、何度も脳内を横切るのが(笑)、森茉莉の随筆に拠る(『記憶の絵』等)『巴里で演じた「能」』である。

1922年ごろ(ニジンスキイ夫妻率いるロシアのバレエがロングランを続けていて、巴里のメディアもこぞって報道していた頃らしい)のパリにて。夫・山田珠樹のパリ留学に同行した茉莉の目はさすがに、鷗外の娘であるからブララブ遊ぶ呑気な若奥さんをしていたようでありながら(いいよね〜息子は日本で保育していてもらえたし)、見るべきものは見つ、で、くっきりと詩のように絵のように瞬間瞬間を記憶し、晩年にひとひらふたひらと表出し、愛読者を魅了した。

さて、珠樹等とおなじように東大からパリに留学していたホテル・ジャンヌダルクで同宿の「石本巳四雄という人が」(という、と書いているが石本は著名な地震学者で東大地震研の基礎を作った教授)「10年お能を習っているということが大使館方面に伝わって」、200人くらいが入れる小劇場で、お能の公演をしたというのである。10年くらいお能を習っているっていうレベルにもよるが、当時の日本大使館職員などからみても相当な上手さだったのか、どうか。とにかく満員の演能だったとある。
しかし、ここに至るまでがコントめく。山田珠樹(後年の東大のフランス文学者)その他が、謡を「インスタントで稽古をして謡った」という。稽古といっても、この場合、師匠はその石本巳四雄しかいないであろうから、どこまで上達できたのであろうか。「肝心の石本が素人であるから、大分心細い話」だったらしい。
「だが、辰野隆(同・著名なフランス文学者)をはじめ、みんな、巴里の人にお能を見せるのだというので、張り切り」という高揚感も伝わってくる。
「一番難しい衣裳は」誰かがカンヴァスのような布を買って、そこの奥さんが縫い(どうゆう風に縫ったのか、興味津々)、なんとパリ在の藤田嗣治に頼んで絵付けをしてもらっている。藤田嗣治の家にその、ごわごわした布を持ち込む時には、茉莉も同行している。森鴎外の娘は、大正期の巴里の藤田嗣治に対面しているのだ。藤田を観察した眼に、茉莉流の感性が冴える。
謡の面々も、紋付袴は持っていたようだ。洋装も頑張って支度して行っただろうに、我が国の礼装も欠かさなかったわけだ。
というわけで、お能はとにもかくにも行われたのである。その様子は、ウィットに富んで書かれているが、私が今になって驚くのは、とにもかくにも公演ができたということである。
珠樹たちの謡(笑)と石本ひとりだけの舞、ということであれば仕舞であろうか。しかし、わざわざ能衣装(のようなもの)を仕立てているから、お能のエッセンスのようなものを伝えようと頑張って準備したのか。
ここのところが、最近になって気になるわけだ。

そして、しばらくして、パリ滞在中のニジンスキイ夫妻が、そのインスタント(?)能を観たいと、申し込んできたという驚きの結末である。夫妻が滞在しているどっしりとした豪華なホテルに一同は出向き(その時も茉莉は連れて行ってもらっている、その時に着て行った留袖の様子が素晴らしい)、ニジンスキイ夫妻や弟子たちや他の役者たちのいる広間で、彼等は能を演じたのである。
始まると「流石はバレ・リュッスの名人である。彼らの眼はぴたりと、石本巳四雄の爪先の静かな動きに当てられた」。

現代の、東大から留学しているパリの学者たちが、フランス人に能を見せようと、即席でもなんでもお能らしきものを演じることができるかといえば、そういうものを見聞きして育ったのでもなければ無理だろう。
その昔、大正の、如何にも教養人の青年たちの欧羅巴ではないか。

茉莉の着物は、「日本を発つ時、父親と母親が新調してくれた総模様の留袖」で「お納戸色(グレイッシュなブルー)に小豆色や青磁色、珊瑚色、白なぞで蝶と鳥の図案を大きく出した一越」。それに桜花を白で刺繍した帯に珊瑚色の丸ぐけを〆ていたらしい。鷗外夫妻の、子等に着物と洋服を選ぶセンスは一級で熱心であるから、さぞかし美しい拵えだっただろう。。。また三越で誂えたのか。超ぶきっちょなのに丸帯を自分で、綺麗に結べたのか不安(笑)、多分夫が加勢しただろう。留学中は普段は洋服である。
珠樹と茉莉もこの頃は、後年有名な離婚をして、茉莉が作家となりニジンスキイ夫妻のホテルへ向かうタクシイの運転手の様子までもを作品化するとは、思いもよらない一日であったろう。

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2014年07月21日

米寿ディナーに、乾杯。

昨夜は、我がお姑さまの88回目のお誕生日の、米寿のお祝いを家族でする。

凄いわあ、88年生きるって。88歳ですエイティエイトゥイヤーズオウルドですキャトルヴァンユイタンです〜。って、今は90代の方も珍しくないのですね。でも、この88歳は未だに一人暮らしを貫き、パソコンは私より早くから上達していたのでアマゾンで欲しいものをさっさか探すし、メカに強い。今回は歯の治療が長引き、ステーキは食べられないかも、ということで和食にしたが、調子は大分いいみたいでほぼ完食。(ホントはステーキが良かった・笑)。
小さい時から竹馬や自転車や木のぼりなど、男兄弟と遊ぶのが大好きでお人形やおままごとは嫌い。この世代の女性にしてはいち早く車を運転し始めドライブ旅行、地図が読める女。さすがに寄る年波でお転婆はできないが、最近は野球とサッカーをテレビ観戦しているので、W杯の試合の詳細は、私なんかより詳しい。
電話の長話、くだらない女同士の井戸端会議、甘いお菓子、なぞが嫌い。数独やパズルを解くのが大好き。
ドラマなんかよりドキュメンタリーが好き。映画『男はつらいよ』とかが嫌い。
・・・・などなど、こういう88歳もいるので、高齢者だって一括りにはできないんです。

最近は、歯の治療中は物が食べられず、いろんなものをミキサーで粉砕し牛乳を加え『ビミョーに美味しいものを作って』飲んでしのいだそう。自分で自分の介護食を作ったわけ(笑)。
もちろん、あちこち病気をしたりもするけれど。工夫が半端ない。
私も将来は・・・って、まったくできる気がしないです。バー

八芳園のえんじゅ
八芳園にて。。。





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2014年07月18日

今は疎ましい、自分で初めて買った絽の着物。

今日は、午後になってから、終わってしまったお盆のお墓詣りにバタバタと行き、生垣が茂ってしまい、他所のお墓まで侵略している枝を切ったり掃いたりした、いい子な一日だった。旧き日本映画の女優さんのように、夏紬に羅の帯で白いパラソルでお参りしましたわ。な、わけなくて、ユニクロのパンツに虫除けスプレーに手袋。

ところで、お稽古事などで着物に馴染みはじめての、最初の夏は、誰しも逆上ショッピングに走るものだ。(って私だけか。)私はとりあえず、絽縮緬の小紋を近所の染物屋さんで頼んだが、それが出来てくる前に7月になり、大慌てで実家のそばで、絽の小紋を超特急で作ってもらった。超セール品。それが若干目が肥えて、翌年には大失敗だったなと知る。そうして7年経って、絽の材質・染め・デザインの3点、どれをとっても超セール品だと自信をもって言える(苦笑)。疎ましいけど汚れる日専用にして、もういいや、と言いつつ捨てない。夏物の数は少ないから、何かのときに役に立つのではと、いじましい。
それよりも、夏帯が、最初のはホント酷い。白くて絽ならいいやってなもんで、とんでもない海外製みたいのをYちゃんも幾つか買って、後悔先に立たず二人組しているが、その夏帯失敗例は、また今度。
よく木村考先生などが、最初は慌てて買い過ぎない。段々着物をを知ると、がっかりなものが箪笥に一杯になるだけで、ごく少しづつで慣らしましょうと提言されているが。まったくその通りであって、つい目先の会などに合わせて値段で買ってしまい、安物買いの銭失いで自信喪失となる。。

淡いピンクの絽の帯
この絽小紋には、白い帯と決めていたが今年は淡い桃色の絽の帯。これも初期購入品であるが、染物屋のお婆さんが、ここは古い織屋さんで信用がおける(と西陣のメガネシールを初めて知る)し、もうやめるっていうから、と勧めてくれた。これは飽きない。飽きようがない、無地。無地で少しづづ変わり織になっている。白や水色ではないので、失敗したつもりだったが、後年気に入るようになった。まるでお見合い結婚の糟糠の妻みたいなハナシである。
ちょっと、淡い桃の夏の宵でしょう。って、無理やり思って、お稽古へ行く前に先週撮っておく。立て絽の帯揚げと帯〆は去年?ゑり正さんで、ごく淡い桃色のぼかし。

1年に半日くらい、普段着で着てあげる、可愛い着物である。(と、急に書いてて考えが変わったなり)。

(もっと、青梅白木屋さんで、Yちゃんと沢山拝ませて頂いた素晴らしい糊糸目友禅の絽塩瀬の染帯も紹介したいけど、著作権とかあるかなあ)。


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2014年07月17日

ENOTECA Olmo del Caucaso 美味しい夜

全然記事が整理できてませんが、まだ6月のワインとお食事の続き。
秋田市で『さい賀』の翌々日に行ったのが ENOTECA Olmo del Caucaso エノテカ・オルモ・デル・カウカソ。2年ぶりで楽しみにしていたお店。隠れたる(?)北の名店。オーナーのソムリエの佐藤さんの、陽気で柔らかいトークにも、寛げる。

我が家は誰も、ワインの名前も記憶できないし、チーズの銘柄とかも何回聞いても忘れるっていうわけなので、ワインはいつもこちらではグラスで、佐藤さんお任せで頂く。これが美味しくマッチ。
著名な方の来訪も多いみたいだけど、最近はどなた?とか下世話な質問をしたら、なんとサッカーのN氏でした(ビックリ)。みちのくでも自分探しホンモノ見極めか。

エノテカにて

エノテカ ホワイトアスパラ

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エノテカ2

エノテカ 魚

<ワインエノテカ お肉

お肉を前日にフレンチでこってり食べたので、ほんの少しづづと言ったら、フランスの豚肉と秋田の放牧牛(数が少ない)のしまった脂っぽくないお肉でこれが、何とも美味。鹿角牛だったかなあ、メモを失くしたわ。赤いクラシックカーのラベルの家族経営のシャトーのが、ホントにこっくりと、合うんだった〜。
他に前菜もデザートも、繊細で満足。

地方に、いいお店が沢山あるんですよね。若い方が良く頑張っていて。日本はまだ、捨てたもんでもないっていう気持ちに満たされる。
美味の記憶を辿る夏の夜なりける。













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2014年07月13日

誰に負けるかが大事、『熊坂』。(銕仙会7月定期公演・能)

昨金曜日夕方は、ゲリラ豪雨の合間を縫って水道橋の宝生能楽堂へ。銕仙会定期公演。

『三井寺』
幼いわが子がさらわれて行方不明になっている母が、しょんぼりと、哀しくも執念を含ませ旅している風情。子供が行方知れずになるって、昔はよくあったんだろう(現代でも拉致や誘拐などは後を絶たないが)。私は、日舞でも『隅田川』のような、生き別れの子を狂おしく探すようなストーリーが苦手。ベタな悲劇(既にして悲劇なものを、更に演劇化しているものが)苦手なんだわ。という私なんかの不安とは関係なく、雅やかに始まる。この、悲しみの母が美し。黒地に、春霞に松?みたいな、金糸の繍いの裾模様が品が良く見惚れる。まあ、いろいろあって三井寺まで探しにゆくことになる。三井寺行では、更に美しく着替えていて(悲しいわりにお洒落)これが淡黄から藤黄までの同系色というのか、至極綺麗。やっぱ着物の八掛は同系色の濃淡で染めるのが、断然上品だな、とか見ている私。こうゆう母ものに感情移入できないから、と思って。しかし、ふと面が、横顔を見せた途端、いきなりジーンときたりする。よくわかんない心理ですがきっと、3.11以来、あまり考えないようにしている幾多の母性の悲しみが、立ち現れたかもしれない。

さて子方(子役)のお坊ちゃまは、小学校1〜2年生の感じだが、しっかりしていて上手い。(どうして子供で、板の上に長時間構えて座して痺れないのか、と考えたりする。)その、鐘まで打ちたがる狂っている女の、出身地はどこか聞いて下さいと言う。おお、その住所こそ、人買いにさらわれる前にボクが住んでいた場所だよ!ママだ〜〜っていうめでたさ。ハッピイエンドなんで、母のハッピイカラーのお着物の終結がそこにもあるんだな。ふたりは、仲良く故郷へ帰ってゆくんであった。このおシテの方の発声は、私が観た数少ないお能の中では、異色というかオペラ的な感じがした。が、気のせいかも知れない。
多分、多くの子供の喪失は、現代にあってもハッピイエンドではない。だからこれは、そうあれかしとの切なる祈りが、橋懸りを帰っていったんだな、と思った。
(浅井文義・馬野訓聡・森常好・舘田義博・森常太郎・野村太一郎)

『熊坂』
お坊さんが岐阜県を旅していると(って、お能ってどんだけお坊さんが旅行してんのかと、毎回思うなりける)、土地のお坊さんが(お能って、お坊さん多すぎ)ある人の命日でもあるから庵に泊まって回向をして下されと言う。しかし、そこは仏像もなく大薙刀やなんかのいやに戦闘的なモノが置いてあって、仏堂っぽくもない。不審に思っていると、不用心な場所なんで云々の説明。やがてそこはただの草むらになり、土地の人がこの辺は『熊坂長範』の幽霊が出るって教えてくれる。その熊坂がどんだけ悪い人かって言うと、6歳だったかな?オジサンの物(馬かな?ヒアリング悪し)をくすねて市場で売ったのに味をしめ、って、まるで歌舞伎の白波五人男みたいなハナシであるが、大悪党。
そして熊坂(の亡霊)、がキラキラに華やかな装束で(緑が美し)声朗々と登場。奥州へ下る金売吉次一行に強盗に入るも、同行していた牛若丸(義経って、あっちこっちにいるのね)にやっつけられてしまったことを、ドラマティックにアクロバティックに語る。長刀を振りかざし、身を回転させ、もう牛若丸の敏捷なことたるや大変だったんだと。緊迫してきてゾクゾクして楽しい。こんな死に方をした俺様を弔ってね!と。
おシテの、足の運びが、すご〜くキレイ。清潔にして典雅。
要するに、誰に負けたかって、史上最強人気の義経に負けたんだからっていうこと。これは義経英雄譚というより、やはり誰に負けたか、どう負けたってのもヒロイズムでしょ?、そこに美学があるんじゃないかな。負けるなら美しく。・・・さて語るだけ語って、熊坂はまた、こんな負け方に悔いなしっていう風でもあり、悠々消えていきました。
(谷本健吾・村瀬堤・河野佑紀)
銕仙会

金曜の夜って、最近はぐったり疲れているんだけど、脳内で長刀振りながら勇躍帰って参ったんであった。
狂言は野村万蔵・野村萬『伯母ヶ酒』・・・これは、いろんな落語思い浮かんだり面白かったので、別に書きます。明日はW杯決勝なんで、寝ねばならぬ。時計





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2014年07月10日

一白水成(福禄寿酒造)が、美味しい夏。

6月に書いた、秋田市川反(かわばた)の『さい賀』で利き酒セット『NEXT5』(秋田の伝統ある蔵元の若手5人衆、らしい)を頂き、最初に買って帰ろうと思ったのが『一白水成』というお酒。盛夏を迎える前の、梅雨空を一掃するような、明るくスキッとした辛口で、これでいこうと。いこうってのは、お酒好きの知人恩人にお土産にしようと思ったから。

・・・・ところが。翌日、デパートにも物産館にも見当たらず、酒店回るも無しふらふら。もう時間も無いので、福禄寿酒造さんに電話をする。すると、秋田駅そばの(というわりには迷った)菅久商店さんというところ『でしか』扱っていないとのことだった。菅久商店さんに辿り着くと、な・なんと、一升瓶しか無いのであったこの時期は。一升瓶って・・・今、あまりプレゼントで使えないアイテムであって、お会いした時にお渡ししたら怒られるレベルの重さなので、至極残念ながら、その一升瓶を自宅用に買った。(時季によっては小さい瓶も出るとのこと)。

他のお酒が無くなったので、週末に開けました。美味しい〜〜〜っハートたち(複数ハート)。ってもう無くなるとこだけど。
一白水成


私は昔から、日本酒が大嫌いだった、っていうか飲めなかった。しかし、お茶を再び習い始めたたときの先生がお酒好きで、『あなた、お茶事で酔っぱらうなんざみっともないわよ』みたいな豪快な方だったので、お茶事の前に飲む練習をしたんだっけ。それでも、そんなに好きにはなれなかったが、最近好きになってきた。ビールの缶を読むと添加物もあるし。お米と麹だけっていうのが、いいな〜と思って。小ぶりのワイングラスに2杯程度が、ふんわり愉しい。この、一白水成は、変な白ワイン飲むより遥かに、良いって気がしてくる味(比較するのがおかしいけど)。

NEXT5の第2弾は、どれにしようかな〜♪。やっぱり、あらゆる古典(?)継承ワールドに於いては、私は、新しい世代を応援したい。チャレンジャーなくして伝統は繋がらないから。既に素晴らしいものは、ファンも評価も固定化してるし私なんかがお金投じるまでもないけれど、旧いものを新しく受け止めるって偉業と思う。


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2014年07月08日

桂雀々と三遊亭歌之介『こってり!!濃厚落語会』で、たっぷり笑う。

先週金曜夜は、内幸町ホールの桂雀々&三遊亭歌之介の二人会『こってり!!濃厚落語会』へ。最近笑いが欠乏していて、救いを求めて?足を運んだが、いやあ運んだ甲斐がありましてん。わーい(嬉しい顔)

前座さんはなくって、いきなりお二人がステージに立って、落語会の現状と展望みたいなテーマで掛け合い。これがもう、おかしかった。現況の落語家の人員構成の表が大きな模造紙にコピーされていて、それを指し示しながらあ〜だこ〜だ。それにしても、この世に落語家を生業とする人が770名もいることにビックリ。皆の頭の中には、食えていけるのかなあとゆーことが駆け巡るがやはり、「そりゃもう、笑点メンバー、ためしてガッテン、家族に乾杯、の人だけですわ」というような速攻で笑い。他にも各会派の役職とか、選挙の有る無しなどツッコミどころは満載の業界であり、もうお腹が痛くなる(笑)。そして、当日と同時進行で開催されている落語会(同じオフィス主催)だけでも幾つもあるのを、その表を見ながら会場のキャパや入場料などを検証(笑・笑)しつつ、この二人会の末永い継続を願うのであった。会場は前回のシビックホールより小ぶりになったが、個人宅でもいいですなあ、なんて。雀々師匠が某有名人ご家庭で、一席もたれた事などもフラれる。又その日はまだ旬だった、野々村議員がく〜(落胆した顔)ネタも、当然出た(今、皆落語家やっているけど、あと2週間もしたら使えんようになるネタですわ、とね)。ネタにされているネタとして、ネタにしていた。笑い過ぎたわ。

三遊亭歌之介 『おとうさんのハンディー』。勉強が大嫌いだった学生時代の話のマクラで沸かせる。マクラが長い、笑いつついつ始まるんだろうとか思う。が、マクラが続いてくれていいとも思う(笑)。息子の受験の願掛けでゴルフ断ちをしたお父さんゴルフの禁断症状。我が家なんかも、事情が重なってできないこともあるから、爆笑。

桂雀々 『遺言』。父親の臨終に間に合わず、手紙を貰って気にかかっていた息子が、父が遺した最後の言葉を探るべく、縁者の家を回る。これがもう、喧しいオカシイにぎやかしい大阪的な陽気な(父亡くなってんだけど)親戚周り。いったい、オヤジが遺した言葉てなんやったん、アレ?忘れた。(笑・笑)。この、別離とか悲しみの、はるか上を行く笑いってのが有る世間ってものの活写が、なんかいいんだわ〜。
(仲入り)

三遊亭歌之介 『替り目』。打って変わって古典。いろんな人で聞くが、私はあまり好きな噺ではなく、始まった途端笑えるか不安になったが、杞憂(笑)。なんといっても、その前に40代で取った自動車教習所の経験のマクラで、大いに笑わせてから入るから、まあしっとり終わってよいわけ。
緩急がないと、顎が外れるし。
(ワタシが二つ話すのに、出演料は折半なんですよ〜と、掛け合いしていたが、今回は歌之介師匠が2題)。また行きた〜い。
雀々・歌之介
怒涛な一週間の厄払いをした、お笑いな夜で、至極満足。これで3千円だから、安いなあ。そういや1万円とった落語会の話も出てたわ(笑)。

(行く前に実家に慌てて寄って、軽食をつまんだのに、笑い過ぎるともうお腹が空いてたまらなくなる。夜の新橋界隈を歩くも居酒屋しか無いから結局、新橋亭であんかけ焼き蕎麦と杏仁豆腐。杏仁豆腐はお土産にも買う。)









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2014年07月06日

ポーラの着物日和

昨日みたいな、それほど暑くもなく曇り空の7月。
忙しくて、夏の襦袢も出していなかったので、簡単な半襦袢に、黒地のポーラ(サマーウール)の着物に半幅の紗の博多帯で、お買い物とお稽古へ。

このポーラは、着物着始めたときに、実家のそばの呉服屋さんで(ポーラは結構暑いんですよ、と言われつつも)作ったが、やっぱり暑いから出番が少ない。プロのゆうことは聞くもんだった。しかし暑くない夏の日には(あまり無いが)、着られる。それに前日の夜更かしで、お太鼓と帯揚げを背負う気力は出ないから、貝の口に結ぶ半幅でさっくりの、普段着気分で。帯締めは水色の夏物。せめて水色をどこかに投入しないと暑苦しいわあ。ポーラ自体は結構透ける布。
ポーラ

ポーラ、と言うと、アマポーラ〜♪という歌を思い出すわね、なぜか。
ところでこのような、地味なウールなんかの時に、髪がボサボサだったりすると目もあてられないから、カーラーもしっかりかけてキチンと結うようにしています。髪をセミロングよりもやや短めにしたら、すごく短時間で結えることに気づく。結髪問題も別項で、いつかまとめたいが、いつになるやら。

[さて、auが遂に、自分とこがブログのサービスをやめユーザーが他のブログに移行していることのリンクを貼るのも、6月末でやめるってことの、告知を忘れていました。当ブログもdionではなくseesaaになっております。]
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2014年06月29日

宮内美樹さんの能楽茶話会、第5回は「雲雀山」。

明日で6月が終わるというのに、5月の出来事でもアップしてみたい事が溜まってしまっているのだ〜。

5月25日(日)は、観世流能楽師・宮内美樹さんの市ヶ谷舞台での能楽茶話会へ。伺うのは私は2回目。
雲雀山は中将姫のお話。これね〜、もっと前にお勉強しとけば、お正月に国立能楽堂で『当麻』を鑑賞した時に、中将姫の来歴にもっと感動できたのだわあと思いつつ聞く。とにかく、名所旧跡及び日本史及び古典文学及び故事言い伝え全般に、暗い・真っ暗、なワタクシ。が、お能見てんですからね、世も末とゆうか。でも、あまりストーリーどうでもいい派というか、アトモスフェア鑑賞というか(ってなんだ)なので、勉強する気が薄い。

さて、この白雪姫みたいな可哀想な、(殺されるところだった)5歳の中将姫を保護して雲雀山に住む乳母、泣かせる。いたましい子を守る困難に。姫は最後はパパに再会できるが、パパしっかりしろよ〜。この乳母の母性たるや、強し。山奥の粗末な庵に二人で住み、花を摘んで人里で売って暮らす。花売りであるが、身分が高い方に仕える者の教養や品格を感じさせる人であろう。でも、実際には相当に困窮した身なりに落ちているだろうけど。あばら屋寒そうだし、辛すぎ。狩に来た姫のパパにも最初は警戒をし、姫は亡くなった言う。しかしそのパパの涙に偽りなしと判断し、再会をさせる。
それにしてもパパ、よく呑気に狩やゴルフに行けるよね〜心に憂いあるわりに(しかも幼なごを死に至らしめ)。まあ右大臣レベルの貴人なので、ゴルフやクロケットは仕方ないか。手を荒らしてきっと乳母は、花摘みをしているんだけど。

これらのお話やキリッとした舞を間近で鑑賞した上に、なんとその名も『中将姫』という名のお菓子を頂く。お弟子さまにお茶を入れて頂く。わーい(嬉しい顔)面にまつわる裏話なども(笑)。能妄ナイトといい、能楽茶話会といい、ストライクな面白さだが、あのう、国立能楽堂の公演での大学の先生のお話しとかってのは、ありゃあつまんなかったな〜。

宮内美樹 石橋
最近、宮内さんが作られたHP(日仏英3か国語対応)から、勝手に拝借した『石橋』のお写真。




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2014年06月23日

夏の和食は涼やかに

今日も、わけわかんない献立だったわ〜、愚息Aが夕食を珍しく食べると言うのでマカロニサラダ(いかにもなカサ増し)に、残存しているお肉を残存している筍(お米を取っている農場から送られて来たがイマイチ活かしきれていない)と中華風に炒めたり、やはり頂いたソラマメを茹でたり、残存キュウリ残存ラディッシュでお漬物風にしたり。何ら統一性がない。明日こそは、純和食を目指そう。世界遺産を作ろう。とは思う(いつもね)。とりあえずおダシを取らなきゃだ。うーん。

先々先週に行った、秋田市川反(かわばた)の『さい賀』。老舗割烹かめ清の、リーズナブルな、カウンターもあるお店。(ところで訪問した母の従妹のKおばは92歳でもお肌ツルツルで、何でも食べる。秋田のお水はやはりお肌に良いのではないかと話す。行ったお店の人達もみんな、色白でモチ肌)。

ジュンサイの葛寄せと冬瓜の先付、プルツル。
__ ジュンサイの葛寄せ

お吸い物は、鯨だったから夫にあげる(捕鯨反対ではなく昔から苦手)。お造りも美味しかったし、八寸の中では空豆の茶巾が、色も気に入った(帰って作ろうとその時は思った)。対馬の穴子のフライ。

蒸し物、生姜と鼈甲飴が効いていて、蒸し暑い夜には良かった。(秋田は暑かった)。
蒸し物

鯛茶漬けとお漬物で〆て、板さんオリジナルの翡翠饅頭とお茶で満足。これで4千円位のコースだから驚く。
翡翠饅頭

かめ清の女将さんが、なかなかに闊達で話が弾む。(女将さんは勿論、他の人達も着物。)
利き酒セットというのがあって試す、伝統ある酒蔵の、後継ぎの若い世代がユニットを組んでいる企画。春霞以外は初めて飲み、買って帰るお酒を決める。・・・ところがそれがデパートやなんかにはなく、探し回るはめになるとは露知らず、ほろ酔いで皆ご機嫌な夜だった。

利き酒

翌日はフレンチ・翌々日は待望のイタリアンで、3晩主婦放棄で楽ちんな夜々であった。帰ってからは大変なことや忙しい事が勃発するのであったが、そんな事とは露知らずで呑気な酔っ払い満喫。まったく拾う神あれば捨てる神だわよ。そいじゃ、美味記憶で奮起し、明日はとにかくおダシを取って和食を作るぞー。って、日本人なんだから、わざわざ言う事かと思うが。











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2014年06月22日

理想とほど遠い、単衣の着物と帯。

まもなく単衣の季節も終わるけれど、結局のところロクな単衣ライフではなかったわ。と、もう過去形に。
最近の2枚は、特にいい加減だったから、つまらない。

地味な無地っぽい小紋の絽縮緬に、帯は姑のおさがりの薄手の名古屋帯。もうヨレヨレ、ふたりで60年以上使っている普段帯。私はローズ段と呼んでいる(書いている)帯。何ソレどんな華麗な帯だよって人は思うが、これよ、クタクタです。しかし、切って 簡単な付け帯になっているので、すぐ締められる。拠って急いでいる6月になんかは、最高にインスタントで軽い。・・・・でも、この どうでもよさ加減が半端ない組み合わせ、着ていて楽しくもなんともなかったわ〜。やつれて見えた気がする。
単衣と単衣帯

あと1枚は、写真撮っておく気もしなかったが敢えて撮ってみた組み合わせ。せっかくの大姑お下がりの濃紺のお召(以前、青梅白木屋さんにとても良い大正期のお召ですよ、と言われて、突然よそ行きに格上げされたもの)、なんだけど合う帯がない。だから、色だけは合う淡いミントグリーンの半幅で。なんか、大奥様のお古を頂戴した御女中って感じで、甚だ心が浮かないんだった。単衣に合せる上質な帯が、無いんだわ!と思う。欲しい。それと、結局、今年も白の塩沢お召を下さなかった。汚れそうで、やめたわけ。それに白の塩沢お召に合う帯が無いんだわ!以下、繰り返しなわけ。
単衣お召

で、今日買ったのは、仕事用のユニクロのパンツ2本なのよ。うーん。

ほおづき

これは、全然関係ないけど、今日Mちゃんとランチして爆発的に溜まっていた話をトークした時に、デザートで出たほおづき。「え〜っ、ほおづきって食べられるのお?」と言いながら二人で食べた。ミニトマトみたいな、そうでもないような。・・・ほおづきって、芭蕉の俳句で秋?のがあったような、と教養ひけらかして終わろうっと。



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2014年06月17日

さくらんぼの実る頃〜Le temps des cerises〜

シャンソンで一番好きなのが『さくらんぼの実る頃』。まだ大学生の頃に、何の教授だったかな〜?忘れたけど、すごくいい曲と言ったのをキャッチして聞いて以来好き。イヴ・モンタンのが一番好き。亡き母のお気に入りにもなったシャンソン。紅く光るサクランボを食べるときには、想い出す。緑濃く張りつめた枝葉の中に、果実が瑞々しく生る季節と、人生の感傷が優しく共鳴する、ホントに良い歌。

さくらんぼ 山形

先週、山形に寄った際に朝採りのさくらんぼを買った。まだハシリで少し酸っぱかったけれど、嬉しく朝食に頂いた。この小さく紅く可愛い、この形状に、音楽や詩を創らせるものが詰まっている気が。

桜桃忌・・・は、それを太宰が名称として望んだかな。なんても思う。
桜桃と、忌日は、反りあうような気がいつもする。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=edXFWik4ODA









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2014年06月15日

能『皇帝』を鑑賞したり、仕舞のお稽古をしたり。

本日の対コートジボワール戦。コートジボワールの選手達は強く光る黒豹みたいで、迫力満点でしたね。フランスの長く酷い植民地支配に続く内戦また内線で、相当なメンタリティと身体力があるDNAが残り育ったのか、とふと考えたりして観ました。

さて昨日の土曜日は早朝起きでオンラインの仕事を一個やっつけて、いつもは午前中はごろごろ二度寝するところを寝ずに(笑)家事を少ししてから、国立能楽堂へ。

国立能楽堂6月

能(観世流) 『皇帝』
エンペラーの皇帝ね。まあ、他に意味ないか。楊貴妃が原因不明の病気で伏していて、妃を深く愛する皇帝・玄宗は沈んでいる(後宮の佳麗三千人とか謡っていたけど、超絶美女な妃にどっぷりぞっこんなわけね)。そこに、その高祖に恩義があるという鍾馗(しょうき)の霊が現れ、病魔である鬼神をやっつけてくれるという、男の子が大好きななんとかレンジャーみたいな面白さ。華麗なる能楽レンジャー隊。けっこうカッコいい病魔は退治され、観ていてすっきり厄払いした感じ。もう一回観たい。鍾馗が、これ使うとバッチリですぜと置いて行く明王鏡というのが、パラボラアンテナみたいでウケる(私に)。品格あるチャンバラ?にワクワク。隣席の外国のカップルも楽しそうだった。地謡お囃子パワーが好きでお能を見ることにした私には、爽快な楊貴妃全快。ま〜ったく男性陣総出で助けてもらった感満々の、楊貴妃は美しい御装束で美女の極み、しかも足がしびれていない(笑)(だってずーっと座っている)んでした。


狂言(大蔵流)『止動方角』
例によって、太郎冠者は主人にこき使われて大変。茶道の会に出るから茶道具借りて来いの太刀を借りて来いの(武士なのにまだ買ってない)馬と馬を引く口取りまで借りて来いと、か難題のお使いばかり。
借りた馬が、なんか最近変な癖がついて、人の咳を聞くと大暴れする。しかし『〜〜止動方角』という呪文を唱えるとおとなしくなると聞く。そこで、主人に仕返しを図ることが可能に。多いに面白いんだけど、しかし、当時の身分制度って酷いなあ。元祖ブラック。ところで、なんといっても、馬の御役が一番体力使ってそう。歌舞伎みたいに二人でかぶりものするんじゃなくて、一人で馬をやる。元祖ウマッシー。っていないか。ずうっと馬の動きのお稽古してたら腰や膝が痛みそう。でも馬が上手くないと台無しなので大変でしょう。アド/馬(山本凜太郎)。

それから所用を済ませて帰宅し、着替えて、仕舞のお稽古へ。夫がお習いした先生に体験稽古をさせて頂いて以来、伺っている。非常に面白いけど、またこの話は別に。
仕舞の御扇子をずっと先生からお借りしているので、能楽堂で購入。扇子袋は、日舞ので入りますよね、と聞いたら「仕舞のは日舞より長いので入りません」と優しく教えて頂いたが『きっと入るわ、入れてやる』と購入せず。やっぱり入らなかったわ、はみ出している。はみ出しっ子扇子。てへ。

さあて、暑くて怒涛そうな我が一週間を、皇帝パワーでやっつけるぞ〜。


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2014年06月13日

13日の金曜日らしい、13日の金曜日だったかも。

だいたい、そんなキリスト教徒の最後の晩餐がどうした、とゆうことには一般のニッポン人には関係ないわけだが、不吉なこと好きには好まれている13日の金曜日ばなし。私、カトリックの学校に行っていたときに聖職者がそんな事を話したことも聞いたことが無いし、聖歌隊で奉仕していた時に『13日の金曜日だよね、今日、ヤバいわよね』なんて会話したこともないですが。

・・・・・ところで本日、なんか凄く辛いので、目ふと日付を見たら、13日にして金曜日だったわ。

私の、半端仕事って、非常勤だし、パートタイム換算支給給金なんだから、多くの犠牲や責任は発生しないわーい(嬉しい顔)居心地良い位置にいるはずなのだが。

どっひゃ〜、今朝・担当正職員の方が急遽の出張で・・・。がく〜(落胆した顔)。非常に、社会的には厚遇され得ない児童の対応を何時間か。。。もう、ソーエグゾーステッドざます。ああ!日本の現実は悲しい。私は怒る、子供達をめぐる無理解に。そして、自分の耐久力の希薄に。勉強してても応用ができるかは人間力なわけ、どの分野でも。(それにしても、国家予算の配分はおかしい!!次代を生きる=それは次代の国家の形、に最大にして細やかな心を配らずして、何を目指すのか。)

というわけで、ぐったりな今晩の慰めは(お酒と御飯の後で)、お土産のお生。青楓。(すご〜く上品な甘さで極上。秋田市通り町の老舗・高砂堂)。青楓




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2014年06月12日

着物は単衣が一番好き。

衣替えで制服が、白く軽くなる朝の心地良さを身体が覚えている。しかし、真夏になるとどうしたってダルな感じになってしまう。ビールの、最初の一口みたいなもんで、その変わった瞬間のみに幸福があるというか、なんというか。

着物も、単衣の、軽々と羽根のようになった心地が一番嬉しい。夏物になると、もうその嬉しさは終わっている。今月はまだ、着物を着ていない。先月後半に2回着用したのは、夏椿の柄の小紋。まだ、着物に興味が無かった頃なのに、実家のそばのお店で見て、ワンピース感覚で選んだもの。淡いベージュにブルーという色感が気に入った。単衣は、軽くって(裏地反物1枚分カットされてるんだもの)風を感じて気持ちが良い。
夏椿

今月、着る予定なのは、姑の母からのお下がりの紺色のお召だけど。また出していない。




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2014年06月11日

悠々と人生を歩みたいのに、いつも粗忽。

もう6月も10日が過ぎてしまっているのだわ。いろんな案件が山積みのまま。ブロガーな夜もなかなか来なくって。それにしても、天が壊れたかの雨が続く。

さてと。先週末から昨夕まで長距離ドライブ移動。あちこちで、フルーツやお酒買いました。美味レストラン探訪も。。それにしても、また、指輪一個なくしたみたい、荷物に見つからない。私って結婚直後に婚約指輪落としたことで有名に(って内々でだけど)なった粗忽もので、今やもう人生も終盤で治らない。ってかこのまま認知症か。

ゆっくり書きたい事や写真が溜まっているんだけど、バタバタ過ごしちょっと先延ばしです・・・。
(サイトがメンテナンス中だとかで、書きにくいし。)

__ (83).jpg
これは、実家の庭に楚々と咲いていた木槿(むくげ)。すぐ散るんだけど、玄関に飾ってみる。


ワイン
これは、2年ぶりに行ったイタリアンで飲んだ赤。この車の赤が効いているラベル。家族経営のワイナリーでお父さんお気に入りの車を、そのままデザインとか。

続きは、また。


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2014年05月31日

お稽古覚書、祇園の夜桜で散る。

ずっと付けていなかった、お稽古覚書。遅すぎ・・・。

日舞入門6年目にして14曲目は、大和楽(やまとがく)『祇園の夜桜』。
これは昨春、御師匠が親師匠社中の会でなさったものを、そのままやることに。浴衣浚いもしくは春の発表会向けにと。大和楽は、大和朝廷から延々と続く古楽・・・ってウソで、近代に作られた邦楽。女声合唱に近いような、しかし雅やかなおおらかな感じのものです。あすなろう、など好きなのがあります。

さて、祇園の桜の季節。月影に浮かぶ夜桜の下、ふんわり舞妓さんの恋心などを踊る優しい曲。しかし!年齢的に舞妓さんって(笑)わけないから、親師匠の案で、師匠もワタクシめも年増の芸者さんが若い頃なぞをセンチメンタルに振り返る、という設定。なので衣装も、可愛い長い御袖などではなく裾模様紋付で、と。それで、例え色っぽい設定であっても決して『下品であってはいけない』と再度のお話し。
色っぽくなく下品てのなら、上手い気がするが。


小道具が少なくて、御扇子だけだから大助かり。と思ったら、小道具なく実力のみ、って感じに突入し難しかった。相変わらず踏み出しからリズムがずれ、ずれたと焦ると振りを忘れ。。祇園で夜桜している感じではなく、造幣局の通り抜けでもみくちゃ、みたいな。それと、感情移入が(べつにする必要はないのだが)できにくかった。
祇園の夜桜

ところで、昨秋の浴衣浚いの前になって、身内に入院患者が出て慌てたりいろいろ雑事が募り、御師匠には大変に申し訳なかったがお休みを申し出たワタクシであったふらふら。14曲目で、だから覚書ストップ駐車場。仕事の研修もあったり殆ど稽古に身が入らなかった夏であった〜。

御師匠も姉弟子さまがたも、今もって優しくお付き合い下さりハートたち(複数ハート)有り難い。
先頃は、皆さんの発表を拝見。いろいろ楽屋で出しゃばって参りましたわーい(嬉しい顔)

一応、長き?に渡った日本舞踊入門体験記は、これにてチョンっ(きのねで)。



posted by プチ・ニコラにボンジュール at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本舞踊入門体験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする